これだけは押さえておきたい

 

インドネシア知識を紹介します


まずは、インドネシアの地図から

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 インドネシアは中国、インド、アメリカに次ぐ人口大国。インドネシアの人口は2億7千万人で世界4番目である。これに対して日本の人口は2009年以来減少を続けており現在は1億2千万人。今後も日本の人口は減少を続ける見通しで2050年前後にはついに1億人の大台を割ると予想されている。

 一方、2050年にインドネシアの人口は3億3千万(世界5位)に達するとされている。

 ちなみに日本もインドネシアも増え続けていた人口が1億人を超えたのは1960年代後半。インドネシアの増加ペースが早く、以来、日本との差は開く一方である。2050年ころには日本の人口はインドネシアの3分に1になる計算だ。

(*将来の人口見通しは国連人口部の2012年の推計に基づく)

 世界でインドネシアより東西に横幅が広い国は欧州から極東まで広がりを持つロシアだけ。米国や中国よりも横に広いインドネシア、その東西距離は東京からインドネシアの首都ジャカルタまでの距離(約5800キロ)に匹敵する。

 これは、いつも見ている平面地図のいたずらでもある。メルカトル図法の平らな地図だと南北に緯度が高い地域ほど実際より拡大されて見える。一方、赤道に近い地域は拡大されない実態の面積が地図上の広さとなる。赤道上に位置するインドネシアは、実態とほぼ同じサイズで描かれるので、実態より小さく見える宿命にある。

 ちなみに国土面積は日本の約5倍である。

 多民族国家アメリカ合衆国を象徴する言葉として「人種のるつぼ」という表現がある。アジアでこの言葉が最もふさわしいのはインドネシアだ。インドネシアは海に隔てられた大小1万7千あまりの島々から成り立っており、言語から文化、宗教など千差万別。

 日本のアイヌ民族のようにな独自の言語、文化を持つ少数民族が全国に300民族以上いて、「一つの国にまとまっていること自体が奇跡」とも言われている。「多様性の中の統一」(ビネカ・トゥンガル・イカ)を国全体のスローガンにしているのもそういった理由からである。

 ちなみに国語となっているインドネシア語は、多様な国を統一する言語として、1928年に成立。オランダ領時代にマラッカ海峡周辺地域で用いられていた交易語・マレー語を発展させたものである。


 インドネシアの経済規模といってもイメージがわきにくい人が多いのでは。インドネシアの国民総生産(名目GDP)は1兆1千億ドル(2019年)で世界ランキングは16位。上位国は米国、中国、インドといった大国、ドイツ、フランスなどEUの主要先進国だ。東南アジア諸国連合(ASEAN)10か国ではトップである。

 現ジョコウィ政権はインドネシアの独立100周年に当たる2045年には経済規模を世界第5位にまで引き上げるビジョンを打ち出した。

 また、「購買力平価(PPP)換算のGDP」規模は2019年に、世界第7位だった。日本は4位。PwCによると、2050年には立場が逆転しインドネシアが4位、日本が5位のランクに位置するだろうと、予想されている。

 

インドネシアの国旗「メラ・プティ」

インドネシアの国旗「メラ・プティ」

意味は「赤・白」

ちなみにこの配色を逆さにした「白・赤」はポーランド国旗

 

 最近、多少緩和されたとはいうものの、インドネシア、とりわけ首都ジャカルタの道路交通渋滞は深刻である。で、この渋滞に巻き込まれた車内から前後を見回すと目に付くのは自動車のブランド。トヨタ、ダイハツ、ホンダはじめ日本車ばかり。外国車を探すのは困難だ。

 2019年の販売実績だと自動車販売に占める日本車の割合は95%。日本車の割合が世界でもトップクラスの高い国である。

 外国車でわずかに目立つのはドイツのベンツ、BMWなどの富裕層向けの高級車などである。韓国、中国車も市場の将来性に期待して最近売り込みに力を入れているが、その影は今のところかなり薄い。

 一方、日本での日本車比率は2019年で89%にとどまっている。ベンツやBMWなど高級外車の愛好家も少なくないからだ。

 


 国営航空会社であるガルーダ・インドネシア航空は英国の航空サービス調査会社スカイ・トラックスによる世界の航空会社の各付けで、2015年から20年まで、6年連続で「5スター」を獲得した。世界のおよそ300社の中で選ばれるのは10社で、ガルーダは航空会社として世界のトップクラスの水準にあることを内外に示した。

 同社はシンガポール航空やタイ国際航空など世界的に評価の高い東南アジアの航空会社の後塵を拝していたが、大国のメンツにかけて経営を刷新、「やれば出来る」ことを示した、と話題になっている。

 ANA、JALなど日本の航空業界とも肩を並べる以上の水準で、サービス面からも新興国インドネシアの急伸と受け止められる。

 もっとも最近は、積極的な経営が裏目に出て経営状態の悪化も伝えられている。

 2018年の政府統計によると、インドネシアの総人口のうち34歳以下の国民が58.7%を占める。つまり、ざっくり国民の6割が34歳以下である。

 老若の比率は、高齢化が進む日本と正反対である。首都ジャカルタの街を歩いていても目につくのは若者ばかりで、街中に年配者が目立つ日本とは好対照の社会である。高齢者といってもせいぜい60歳代で、80、90歳の高齢者を街で見かけることはまずない。

 一方で、日本では34歳以下の人口の割合は3400万人で総人口の28%ほど。国民のざっと3割しかいない。老成国家日本と若者国家インドネシアの対比がくっきりと見える。インドネシア政府は若者が日本で働き、技術や規律を身に着け自国で働くよう期待している。

 首都ジャカルタ市内東部にあるラーマングン・ゴルフ場の開設は1872年。正確にはインドネシアの独立前、オランダ植民地時代における、オランダ人のためのものだった。

 日本で最初のゴルフ場である神戸ゴルフ倶楽部の開設は1903年なので、日本よりおよそ30年も前にインドネシアにはゴルフ場が開設されていたのだ。

 鉄道の開設も日本よりわずかに早く、1867年にはスマラン市(中部ジャワ州)で運転が開始されている。1603年から続いたオランダによる植民地時代のあいだに、インドネシアはある意味で日本より先に「文明開花」を経験していたといえる。長崎に入港していたオランダ船もオランダからではなく、実はジャワ島のバタビア(現ジャカルタ)から来ていたのは、意外と知られていない。




本情報は、2020年10月現在のものです。情報は随時、追加・更新します。